D-CROWNを振り返る

D-CROWNが消滅してからはや6年。

2012年の途中でなくなってしまったソフトダーツのプロ団体。

選手たちはパーフェクトと2012年に新設されたJAPANに移籍していきました。

サイトはすでに閉鎖されており、お名前.comに飛んでしまいます(汗)

動画まとめてアップしていたJ-studioもなくなってしまいました。

私がちょうどダーツをはじめたのが2012年2月で、ギリギリのリアルタイム世代(笑)

どうなるD-CROWNとなっているとこでした。

ダーツをするより観戦するのがその頃から好きで9-darts.tvとJ-studioをヒマがあれば観ていました。(練習しろよ)

そんな私にとってDクラVSパーフェクトは夢の対決でした。

はよランキング上位を集めてJAPANVSパーフェクトやって欲しい。(切実)

それにプラスしてフィルテイラー とワールド上位で組んで3チームとかにしたら、スーパーダーツより盛り上がるんじゃないだろうかとも思ってしまいます。

Dの意思を継ぐ者、知野真澄選手

知野選手は途中終了ながらも最後の年間王者でした。

2012年9月、D-CROWNの消滅を受け、知野は浅野眞弥・ゆかり夫妻、大内麻由美、佐藤敬治らとともに、PERFECTに移籍した。前年は2連連続の年間2位。12年は途中終了ながら年間総合1位。「D-CROWNの貴公子」は、「最後の年間王者」の看板を背負って、PERFECTに乗り込んできた。

当時のPERFECTは“皇帝”と呼ばれた星野光正を追って、山田勇樹、浅田斉吾、山本信博、小野恵太らが台頭し、「1強時代」から「4強時代」へ勢力図が変わりつつある過渡期にあった。そこに、知野の登場である。知野がPERFECTの実力者相手に、とどのような戦いを見せるのか、ファンの熱い視線が注がれた。が、結果が出ない。

移籍第1戦は3回戦敗退。2戦目はベスト4まで勝ち残ったが、準決勝で浅田に苦杯を嘗めさせられた。3戦目は2回戦敗退。続く、4、5戦目は連続で浅田に敗れ、6戦目はベスト8で、学生時代からの盟友、小野恵太に上位進出を阻まれる。そして迎えた7戦目、12年季最終戦では、年間王者を確定させていた山田を破り、2度目の準決勝進出を果たしながら、浅田の壁に跳ね返され、同一カード4連敗の屈辱を味合う。途中参戦の12年季の成績は、7戦を戦い、ベスト4、ベスト8がそれぞれ2回に終わった。

第69回 知野真澄(5)

D-CROWNの動画がYouTubeで観れます

J-STUDIOmovieチャンネルというものがYouTubeにあります。

このチャンネルは2016/12/13まで更新されていましたが今は止まっているようです。

ここでDクラの動画がわんさか落ちているのですが、問題がございまして。

再生リストがスカスカというか、なぜかパチンコ動画が高く評価されている始末。

ダーツ動画マニアとしてはとても残念。

なので、ヒマがあるときにポツポツとDクラ動画を年度と回ごとにわけてこのサイトにアップしようと思います。